.

題名:よくぼ~は、うまっかぼ~にも似ている、ばってん、それを、ものがたる
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1479の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 結局のところ、分かった。どんなに立派なことを並び立てても、どんなに崇高なことを並び立てても、受け取り側の心理は、「私のことを満足させてほしい」ということだけである。簡単に言えば、相手方から得られる承認の欲求を、自らが納得できる内容で、限りなくその気持ちを満たすことだけ、である。でも、しかしながら、その欲求は、底知れず。最も、最も、深いのは、底なし沼などではなく、果てしなく、満たされない人間のよくぼ~。そのよくぼ~を根源的に、満足させることは、永遠に難しい。なぜなら、本人の納得は、相手から受ける内容の、愛の手からの内容が、自分のもつ内容と合致しないといけないからだ。
 そんなことは、まずない。人間には、人には、同じ意識は、似ていたとしても、まったく同じものは備わっていない。以心伝心もままならぬ。だからこそ、当時の僕は、カリーナ、myスイートハートを第一命とし、叔母はNakajo家、あるいは、Gaeele家の血筋として、それを第一命に考えた。そこには、当時の僕と、叔母との間で、互いの承認の欲求のズレがある。そのズレが著しく乖離すればするほど、溝が深まる。Gaeele家の叔母としては、僕の承認が、許せなく、結果として僕への叔母の拷問が生じ、よくぼ~が豹変する叔母を産ませた、のかもしれない。
 それをインスタグラムのlive配信から学んだ。インスタグラムのlive配信では、閲覧している人の人数が、右上に告示される。その人数が少なければ、live配信する側の酷似となり、人気あるor人気ないの他のインスタグラマーとの酷似となりえるのだ。場合によっては、この人の、live配信は、一桁レベルなの?と、live配信される側へのいぶかしげになる。それは残酷。送る側も、観る側も残酷なliveストーリー、ゆえに物語。あliveで桁レベルな違いのあるものを、ものがたるなのだ。
 そうして、ふと気づく。よくぼ~は、うまっかぼ~にも似ている、ばってん、それは、荒川なのだ(図)。やさしかった、僕がNakajo家の執事として、やがて働くことが当たり前として信じられていた、信じていた時の叔母は、まさにばってん荒川な感じ。でも、カリーナと出会うことで、こんな感じ(No.1473)になった(こえーこえーよ)。
 人は成長とともに変わる。1979年に発売開始されたアイス、明治の「うまか棒」も、「1979年に九州地区限定で販売が開始され、その後全国での販売が開始。発売当初の値段は50円。チョコナッツ、ミルク、バナナ、あずき味などがありましたね。」1)から、「なんと発売後3ヶ月で3000万本を売上げ、翌1980年に全国展開しました。」1)から、「現在は、「うまか棒ミニ」シリーズが発売されており、「うまか棒」は発売していません。」1)。

図 ばってん荒川1)

 もはや発売されていない、結局のところ、それが分かった。そうして我がGaeele家のドアを開けた(No.1479)。ギィーッ。

1) https://middle-edge.jp/articles/LQ0nU (閲覧2019.11.30)



…「うまか棒ミニ」の品への案内は、こちらになります。


地底たる謎の研究室のサイトでも、テキスト版をご確認いただけます。ここをクリックすると記事の題名でサイト内を容易に検索できます。