題名:脳科学的な神話からの脱却
報告者:ダレナン
本報告書は、基本的にNo.654の続きであることを、ここで前もってことわりたい。
先の報告書でヒトを含めた動物間における脳重量について調べ、ヒトの脳の重量は体重に比較して随分と大きいことを述べた。さらに、その大きさの源は、思考や創造性をもたらす脳の前の部分にある前頭葉という領域にあることを示唆した。近年では、脳の活動を見る機器、例えば、機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)や近赤外線分光法(NIRS)の開発によって、脳を実際に解剖せずとも脳の各領域における血流量が測ることが可能となり、それによってヒトの活動時の脳の働きも分かるようになり、脳科学が著しく進んだ。前頭野の働きも、それらの機器によって飛躍的に理解が進んだ。TVで脳科学者を見る機会が増えたのも、そのような背景が後押ししている。しかしながら、一方で、古くからの言い伝えで、ヒト脳の働きに対する根拠のない神話も巷に残っている。例えば、Organization for Economic Co-Operation and Development (OECD)が2007年に発行した報告書1)の中には、その根拠のない脳科学的な神話の代表として、以下の8つを挙げている。
1.脳に重要なすべては3歳まで決まる (“There is no time to lose as everything important about the brain is decided by the age of three.”)
2.学習には最適な時期がある (“There are critical periods when certain matters must be taught and learnt.”)
3.私たちは脳の10%しか利用していない (“But I read somewhere that we only use 10% of our brain anyway.”)
4.右脳型の人と左脳型の人がいる (“I‟m a „left-brain‟, she‟s a „right-brain‟ person.”)
5.男性の脳と女性の脳は違っている (“Let‟s face it – men and boys just have different brains from women and girls.”)
6.言語の習得は難しい (“A young child‟s brain can only manage to learn one language at a time.”)
7.記憶力は改善できる (“Improve your memory!”)
8.眠りながら学習できる (“Learn while you sleep!”)
OECDではこれらを「神経神話の一掃(Dispelling “neuromyths”)」として名付け、未だに根拠が確定されていないことから、定説ではなく、安易に使用することを控えるよう警鐘している。こうして見ると、TVで見る脳科学者もこれを定説として使用していることも少なくなく、如何にヒト脳の働きを調べることが難しいことであることをも示しているのであろう。ある意味、この8つの神話も前頭葉の働きが産み出している。
脳科学の技術やその発展の経緯については、fMRIを開発した小泉英明博士による文献2)に詳しく記載してあるのでそちらを参照していただきたいが、それによると、少しずつではあるが、脳科学的な神話も明らかにされつつあることが分かる。特に進化の段階でよりヒトらしくなった経緯に、脳幹から古皮質、古皮質から新皮質へと脳に次々と帽子を被せるが如く脳の大きさが発達したことによって、ヒトはより良く生きるための脳を獲得したのは間違いない(図)。これらのヒト脳の機能が教育など3)において科学的に正確な知見の下で有効に利用されれば、ヒトの未来はもっと明るくなるかもしれない。
図 ヒト脳の進化段階3)
1) http://www.oecd.org/site/educeri21st/40554190.pdf (閲覧2017.11.14)
2) 小泉英明: 脳の科学史 フロイトから脳地図、MRIへ. 角川マーケティング. 2011.
3) http://berd.benesse.jp/berd/center/open/berd/2005/06/pdf/06berd_04.pdf (閲覧2017.11.14)