題名:能への理解に向けて
報告者:ナンカイン
能は能面なくしては語れない。能における能面の役割は、神を擬人化し、その力にふさわしい表情を作り出すことにある1)。例えば、仰向けることで晴れ晴れとした表情を見せ、俯くことで頬に影が入り悲しみに泣く表情を見せる。これが、能の基本的な技能でもある「照らす」、「曇らす」となる1), 2)。ただし、面自体は彫刻による造形である。そのことから、その造形自体から表情を読み解いたとしても、そこには顔面感情に相当する動きはない。ある意味、無表情である。しかしながら、その能面を能楽師がかけ、さらに、その演じ手の微かな動きや見る人の心理状態によって、その都度違った表情になるという造形がなされている3)。そのため、能面をかけた能楽師が表現する際に、その能面自体を「おもて」と呼び、人間の素顔を能面に従属させる。このように、人間の感情をよく表すはずの顔面感情をあえて否定することで、逆に、その真実の顔を鮮やかに表現する3)。そのことから、能は再現写実の演劇ではなく、人間の情念や思いを凝縮した象徴でもあり、そこに、体験や感情を直接的には見せない夢幻能を創作することが可能となる3)。その創作性を持つことから、能は空間と時間の制約から解き放つことができる器であるとも言われている3)。また、その能面は、仮面との対応でも類似する役割を有している。仮面そのものは、物質としての”物”ではあるが、その裏側には精神性のある”もの”モノ”としての価値がある(物、モノ、もの、の使い分けについては、報告書のNo.881を参照されたい)。そのために、人間が仮面にいわゆる神格や超人間的な威力を認めている場合、人間は神や超人間的な存在と直接交渉していることにもなり、仮面は単なる表象ではなくなる4)。仮面という”モノ”を介して、超自然的な存在と交渉し、思考し、また、その具体的なイメージや認識を絶えず再生産していることになる4)。能を完成させたのは南北朝時代の後期から室町時代にかけての芸能一座の観阿弥、世阿弥親子二代であるが2)、彼らが能に与えた意図は、夢幻能の創作における、神懸かり、憑依、そして、変身なる導きに他ならない3)。
一方、能における夢幻能の創作における物語りでの大事な骨子に「序破急」がある3)。「序」とは、観客を引き込む目的があり、そこで様々な要素を投げかけて、無意識下に何かを埋め込み、展開させる。そして、「破」では、大切なことをじっくり展開し、寝るくらいにして観客の心の深いところに降りてゆかせる。最後に、「急」で、観客の目を覚まさせる効果をもたらす。この「序破急」は、世界の神話の構造にも通底するが、映画「スター・ウォーズ」もこの構造を有している3)。さらには、時代劇の水戸黄門も、この物語りにおいて「序破急」が生かされ、「序」の現状把握と善人の窮状から始まり、善人がだまされ、襲われる「破」、そして、印籠を出す「急」という展開となる3)。近年では、劇場版のエヴァンゲリオンでもある「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」も第1作「序」、第2作「破」、第3作「Q」であるが、それから分かるように、「序破急」を意識している。ちなみにQは、Quickening(急速化)から来ているが5)、Question(最後の審判)であるとの解釈もあり、それは文献6)に委ねるも、いずれにせよ人を魅了する物語りは、能と同じく「序破急」という普遍性がある3)。
1) 鈴木晶夫: 能面の表情認知における陰影の効果. 早稲田大学人間科学研究 8: 61-73, 1995.
2) 水谷靖: 能面の歴史: 造形的視点から捉えた能面. 共立女子大学・共立女子短期大学総合文化研究所紀要 20: 39-49, 2014.
3) 安田登: 能 650年続いた仕掛けとは. 新潮社. 2017.
4) 佐々木重洋: 仮面と物質性: 仮面論の再考に向けて. 名古屋大学文学部研究論集哲学 58: 31-51, 2012.
5) https://ja.wikipedia.org/wiki/ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q (閲覧2019.2.21)
6) https://activeneet.wordpress.com/2012/09/24/エヴァンゲリオン「q」が待ち遠しいなぁ。/ (閲覧2019.2.21)