題名:人生の通過儀礼を相転移から捉える
報告者:ナンカイン
人の一生は長くても100年ほどであり、健康でいられる健康寿命から考えると(報告書のNo.161、No.426も参照)、せいぜい70~80年ぐらいとなるであろうか。長いようで短い。短いようで長い。ただし、ほとんどの人は、ある年齢までは時間を長く感じ、人生は永遠に続くとも思える。しかしながら、大病を患ったり、年齢を重ねるとともに、人生の時間が短く感じるのも、人の常ではある。
その人生の時間において、成長とともに経なければいけない事象が存在する。それが、人生の通過儀礼である。立教大学の奥野克巳博士によると、人生の通過儀礼には3つの局面があり、sepatarion(S:分離)、transition(T:過渡)、(re)integration(I:(再)統合)がそれになる1)。さらに、文化的な人の存在からすると、誕生、成熟、結婚、妊娠、死といったそれぞれの場面でこの3つの局面が現れる1)。この文化的な流れの中で、誕生、死に関しては自己の意志とは無関係に生じ、かつ、妊娠に関しては性で言えば女性特有のものであるために、それらを除外して考えると、ほとんどの人に当てはまる成長過程での通過儀礼は、成熟、結婚となるであろうか。ただし、結婚も近年では個人の選択による違いが生じるために、人として生まれたゆえの文化的な人生の通過儀礼は、成熟のみに限定できるかもしれない。この成熟における通過儀礼が最も著明に表れるのは、身体と精神との成長のアンバランスさが生じやすい15歳~25歳ぐらいの10年間となる。
一方、文化的な内容を排除して、物質そのものに目を転じると、物質にも通過儀礼的な要素として考えられる相転移がある。例えば、固体・液体・気体の物質の三様態は相転移の典型例であり、先の3つの局面と相似した出来事でもある。人の精神が固体・液体・気体となることはまだ観察されていないものの、人の精神が分離し、過渡し、(再)統合される過程において、脳内の神経ニューロンの組み合わせも変化し、そこでは、脳内の伝達物質の均衡性もアンバランスになったり、バランスがとれたりと変化していることは、容易に推察される。言わば、脳内での伝達物質を介した通過儀礼でもあり、人の相転移でもある。
オランダのヴァーヘニンゲン大学の生態学者であるMarten Scheffer博士は、人間の行動全般における相転移がなされる臨界転移を捉え(図)、行動パターンを論じている2)。この図のSystem Stateを精神状態、Conditionsを年齢として捉えると、ある年齢では適切なPerturbation(外乱)が必要とされ、年齢に
図 臨界転移3)
応じた状況に移れるかどうかは、精神状態に伴う適切な外乱が与えられたかが否かが重要となる。言い換えると、人が相転移するための臨界となる転移を捉える外乱の受け止め方が、その個人の人生の通過儀礼を意味のあるものとするか否かの境目となる。それは、その個人の精神状態に委ねられ、その個人の考えに基づく。
1) http://www2.rikkyo.ac.jp/web/katsumiokuno/CA20.html (閲覧2017.6.30)
2) Scheffer, M: Critical Transitions in Nature and Society. Princeton University Press. 2009.
3) http://www.sparcs-center.org/key-concepts/tipping-points-and-resilience.html