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題名:「アドルフに告ぐ」にみる文芸作品としての漫画
報告者:トシ

 「アドルフに告ぐ」1)は、1983年1月6日から1985年5月30日まで『週刊文春』(文藝春秋)に連載された手塚治虫氏による漫画である。手塚治虫氏2)は、1928年11月3日に兵庫県宝塚市に生まれ、1989年2月9日に満60歳にて惜しまれつつ他界した日本漫画界の巨人である。日本に住む方で漫画に詳しい方であれば、彼の名前を聞いたことがないということはないであろう。むろん日本で漫画を描く方であれば、日本の漫画界の歴史である彼の名前を避けては通れない。その彼が生涯で描いた漫画は膨大な数にのぼり、発表作品として604、未発表も含めて700以上になると言われる3)。ライフワークは「火の鳥」とされるが、それ以外にも「ブラックジャック」なども著名であり、例えば、佐藤秀峰氏による「ブラックジャックによろしく」4)など数多くの後年の漫画にも彼の影響がみてとれる。その手塚治虫氏が晩年に描いた漫画の一つが「アドルフに告ぐ」である。なお、本作品は1986年に第10回講談社漫画賞を受賞している。
 その「アドルフに告ぐ」は、アドルフ・ヒトラーがユダヤ人の血を引いていたなら、という架空の題材を扱い、その扱っている内容から漫画でなくとも作品として成り立つ興味深い要素がある。第二次世界大戦のドイツ帝国において、ヒトラーは人種主義、優生学、ファシズムなどに影響された選民思想(ナチズム)があり、アーリア人が最も優れた人種であるとした5)。そのため、ヒトラーは多くのユダヤ人を排除し、惨殺を繰り返した。人類の歴史の最大の汚点でもあるこの歴史的な出来事を背景に、ユダヤ人の血を引いていたとされるアドルフ・ヒトラーの機密文章を巡って、アドルフ・カウフマン、アドルフ・カミルという3人のアドルフが織りなす人生を描いたのが、この「アドルフに告ぐ」である。1985年に発行された文藝春秋の本では、全四巻で完結している。図に第一巻を示す。
 この作品は実は漫画というよりも、ある意味小説に近い。手塚治虫氏が漫画家であったために、漫画として位置づけられるも、活字主体の小説家でもアドルフ・ヒトラーがユダヤ人の血を引いていたなら、という題材を上手にここまでは描けないのではないだろうか。アドルフ・ヒトラーがユダヤ人の血を引いていたかは、現在でも定かではないが、これを読むと、そうだったのではと思えるほどリアリティがある。これが手塚治虫氏という一人の漫画家から構想されたことに驚愕せざるを得ない。
 近年、様々な漫画が描かれ、日本は漫画大国となった。しかしながら、漫画でありつつも、この作品のように文芸作品の如き香りの漂う漫画はもはや描かれないに違いない。この作品は漫画と位置づけられるも、漫画とは違う別次元のレベルに位置している。是非ご一読あれ。

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図 「アドルフに告ぐ」第一巻6)

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/アドルフに告ぐ (閲覧2015.11.16)
2) https://ja.wikipedia.org/wiki/手塚治虫 (閲覧2015.11.16)
3) https://ja.wikipedia.org/wiki/手塚治虫の作品一覧 (閲覧2015.11.16)
4) http://bookstore.yahoo.co.jp/free_magazine-184583/ (閲覧2015.11.16)
5) https://ja.wikipedia.org/wiki/アドルフ・ヒトラー (閲覧2015.11.16)
6) http://www.amazon.co.jp/アドルフに告ぐ-第1巻-手塚-治虫/dp/4163632506/ (閲覧2015.11.16)



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