題名:暗黙知の事例をスティーブ・ジョブズ氏の伝記から紐解く
報告者:ナンカイン
本報告書は、基本的にNo.495の続きであることを、ここで前もってことわりたい。
報告書のNo.464でスティーブ・ジョブズ氏の魅力を考えるとともに、No.495でAppleの歴代の製品発表の動画からその歴史について振り返った。ここでは、マイケル・ポランニー博士の暗黙知1)の概念でもって、暗黙知の事例をウォルター・アイザックソン氏のステーブ・ジョブズ氏の伝記2), 3)から紐解きたい。
マイケル・ポランニー博士は、ブダペスト出身の医学・物理化学・科学哲学に精通する博士であるが1)、その業績は多岐にわたり、いわゆる天才科学者のひとりである4)。アルベルト・アインシュタイン博士やジョン・フォン・ノイマン博士とも知己の仲であり、それだけでも天才であることがよく分かるも、ポランニー博士の偉大な点は、図のような氷山があるとすれば、一般的な人であれば氷山の上しか意識化できないものが、ポランニー博士は氷山の下の部分(海の中)までも意識化でき、潜在的な思考を顕在化させたことに他ならないであろう。そのひとつの業績として、暗黙知の概念がある。一方、暗黙知は、経営学や工学においても使用される用語であるが、ここではポランニー博士の元の意味に即し、
図 氷山の様相5)
通常無意識的で、詳細には表出することも他人に伝達することも不可能な知を「暗黙知」すなわち「勘」として定義したい4)。このように表出伝達不可能知4)である「暗黙知」であるが、これが通常の認知の枠を超えるような次元の変化が伴うことで、時として天才的な「勘」が発現されることがある。大崎正瑠博士4)によれば、それは、「人間はある対象に対し注目を移し馴染んでくるとそれを自分の身体の内部に統合または包含し、その対象の中に潜入し、実践に合った「暗黙知」すなわち「勘」が発達する。中途半端では駄目である。そして創意工夫が行われたり、場合により何かを発明・発見したりする。天才と言われる人達は、ある事物に対する統合または包括、そして「潜入」の度合いが強い。彼らは「勘」が発達し、結論が何かすでに見当がついている。」という過程でもって推測される。この推測に基づく事例を、スティーブ・ジョブズ氏の伝記2)から紐解くと、例えば、夜中に目が覚め、Appleの店舗のレイアウトをオープンの間近になって”人々のしたいこと”を中心として設計を見直したロン・ジョンソン氏や、同じく夜眠れず、製品完成後にiPhoneのデザインを”ディスプレイ中心へ”とやり直したスティーブ・ジョブズ氏などは、明らかなよい例かもしれない。No.464でジョブズ氏の現実歪曲フィールドが、Appleの理想のコア(芸術)に基づくブラックホールを生み出したとしたが、そのブラックホールに引き込まれる(「潜入」)ことで、普通とは違った次元への「勘」が働き、結果として生み出されたAppleの店舗やiPhoneは、中途半端ではない結論がもたらされたことは言うまでもない。なお、ジョブズ氏がCEOを務めたPixerでもジョン・ラセター氏が一から映画「トイ・スートリー」を創造し直したことも有名な話ではあるが3)。これも、暗黙知があってこその素晴らしい偉業でもある。
1) ポランニー, マイケル: 暗黙知の次元. 筑摩書房. 2003.
2) アイザックソン, ウォルター: スティーブ・ジョブズ Ⅱ. 講談社. 2011.
3) アイザックソン, ウォルター: スティーブ・ジョブズ Ⅰ. 講談社. 2011.
4) 大崎正瑠: 暗黙知を理解する. 東京経済大学人文自然科学論集 127: 21-39, 2009.
5) http://www.irasutoya.com/2016/08/blog-post_175.html (閲覧2017.6.19)