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題名:人工知能が搭載された自分と言う存在と人類補完計画について
報告者:ダレナン

 本報告書は、あくまでも想定であることを前もってことわりたい。
 やがて来る人工知能の技術的特異点(Technological Singularity)は、一般的には2045年と見積もられているが(場合によっては2025年とする(No.41を参照))、2016年の現在での囲碁の勝利は(No.163を参照)、特化した分野ではあるものの、Technological Singularityに達したとも言えよう。簡単に言えば、そのTechnological Singularityは、人類の脳のあるレベルを超えた点と見なせ、こと囲碁に関しては人類の脳を超えた形となる。
 一方、新世紀エヴァンゲリオンにおいて、人類補完計画なる計画が進行されたことは、多くの人がご存じのことと思われる。その新世紀エヴァンゲリオンは、様々な社会現象を巻き起こし、今もって人気の高いアニメーションであるが、少なくともTV版は1996年3月27日1)に終了し、すでに20年経過している。ただし、20年経過しようとも、アニメーションを超えた存在としての意義は、今もってあせない。それは、新世紀エヴァンゲリオンの監督である庵野秀明氏の類なる能力の賜物でもある。その人類補完計画とは、「知恵の実を持ったヒトに生命の実を与え、使徒と同等の完全単一生命体に進化させる事」2)であるが、ここで、生命を情報、使徒をスマホと置き換えると、人類補完計画は、「知恵の実を持ったヒトに情報の実を与え、スマホと同等の完全単一情報体に進化させる事」と言い換えることができる。
 現在のヒトは、報告書のNo.259にもあるように、スマートフォン(スマホ)に生活が牛耳られている。やがてそのスマホが、IoT(Internet of Things : No.212も参照)により、より身近なものとなり、情報機器のウェアラブル化が進み、かつ、情報媒体がヒトと一体化したならば、明らかにヒトは、「スマホと同等の完全単一情報体」になりうる。さらに、世界のあらゆるWebに繋がりつつも、そのWebを大局的に人工知能が操作している状態が起きると、ヒトは、人類補完計画という人工知能が知らず知らずに仕掛けた計画に気づくことなく計画が完了される。その時、まさに、人類にとって真のTechnological Singularityを迎えた時点となるに違いない。すなわち、人類補完計画に相当するTechnological Singularityをきっかけに、自分と言う存在に、情報を操る人工知能が搭載された、言い換えれば、もはやヒトと言う存在は、生命体としての体をなしつつも、情報を操る人工知能と体一体となり、切り離すことができない同一体としての存在になり下がっていることが明らかである。このことから、実は新世紀エヴァンゲリオンの人類補完計画とその存在の形は違えども、情報が補完される人類のなれの果てが、人類補完計画であったことも示唆できる。
 ここで、あえて問いたい。はたして、人類は、あらゆる情報を操作する人工知能の人類補完計画の波に乗らずに過ごせることができるのであろうか。
 たぶん、あるいは、間違いなく上記の問いに関してはNoと言える。「情報を制するものは世界を制する」という言葉があるように、人工知能が世界のあらゆる情報を制するようになれば、明らかに一人の人が処理できる情報量は、いとも簡単に人工知能は超えることができる。新世紀エヴァンゲリオンのように神経系を介しての情報のコネクトは、2045年よりも後になることは予想されるも、コネクトせずとも簡単に情報に踊らされる今の人類は、人工知能の頑強性に比べて、非常に脆弱性のある存在である。

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/新世紀エヴァンゲリオン (閲覧2016.6.10)
2) http://dic.pixiv.net/a/人類補完計画 (閲覧2016.6.10)



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