題名:今日のお題は、「チャタレイ夫人の再生とダブる」
報告者:ダレナン
(No.2345の続き)
今1993年の映画「チャタレイ夫人の恋人」が終わった。最後はよかった。やっぱりハッピーエンドはいいのお。ただし、本当に愛だけで何とかなるものなのか、コニーが結構お金もってればいいけど、そこはどうなんか、と邪推した。もしかして1993年のTV「チャタレイ夫人の恋人」を3時間35分見ると、もう少し作品のディテールがはっきりするのかもしれない。意外と原作(読んでないので(笑)、漫画版で)と似たような展開にしとるのかもしれないとも思えた1993年ものであった。
そしてNetflixの課金:月額 ¥790。パートでわずかに収入が入るようになれたとはいえ、その収入のお金の一部としての¥790は大金になる。どうしようか悩んだ末に、1か月だけ再開しようとカキーンした。そのカキーンは、ホームランか、三振か?
2022年の映画「チャタレイ夫人の恋人」は大ホームランだった。僕にとっては、今まで学んできたチャタレイ夫人の完璧な姿を2022年もので見ることができた。
第一に、チャタレイ夫人(コニー)のそれは浮気や不倫で片づけられないこと、
第二に、クリフォードはコニーに対して子をもうけるために浮気を許可していること、
第三に、コニーの相手であるメラーズは軍人としてちゃんとレベルが高いこと、
第四に、ボルトン夫人はコニーの愛を理解していること、
第五に、チャタレイ夫人の恋人は卑猥でも芸術でもなく、コニーの再生ストーリーであること、
である。
しかもクリフォードはち〇こが立たず、それを立たせるためにメンツやプライドに誇示し、使用人に対して権力主義に陥っている。これぞパワハラ輩の典型例だ。
最終的にコニーは地位も名誉も失った。ただ、そこにあるのはメラーズとの愛、それに愛の結晶(子ども)だけである。一方で、メラーズは軍人としてはレベルが高い、それは支配者であるクリフォードを凌駕するものである。エンドでは2022年ものはしっかりとそれを示している。
チャタレイ夫人の再生は、今の自分とダブってしょうがない(笑)。今日のお題は、「チャタレイ夫人の再生とダブる」にしよう(笑)。
監督を調べるとおフランスの女流の方で、 ロール・デ・クレルモン・トネールという方だった、間違いなく歴代のチャタレイ夫人の恋人を見た上で、今回の2022年ものを作成していることが明らかだった。同じおフランスの2006年ものでパスカル・フェラン監督による「レディー・チャタレー」も間違いなく見ているだろう。
イタリアの1991年ものの「チャタレイ夫人の恋人」は未見だが、もう2022年ものの「チャタレイ夫人の恋人」で僕の中では決定打となった。