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題名:人アップデートにおける全自動化を進めるための創造の想像
報告者:ナンカイン

 気がつくと、スマートフォン(スマホ)ではアップデートが盛んになされている。場合によっては、毎日アップデートしていることもしばしばである。それ自体は、スマホ単体で問えば、アプリケーション(アプリ)であったり、あるいは、システムそのものであったりする。時おり、そのアップデートしたことによって不具合が生じることもあるが、アップデートそのものは、その機能を良くする、あるいは、改善するために存在する。中には、改悪のようなアップデート、あるいは、故意に改悪させるアップデートも存在するが、多くのアップデートの目的は、より良い機能をあなたへ、に他ならない。しかしながら、そのアップデートは、スマホでは自動的に降ってくるも、その降るのを降らしているのはやはり人、からである。まだ、AI(人工知能)などによって、人をまったく介在させないアップデートは、ほとんどないに違いない。洗濯機で見ても、今や洗濯機は全自動であるが、洗剤を入れる、たたむなどは、未だに自動ではない。そして、洗剤を選び、たたみ方を選び、さらには、タンスを選び、入れる服を選び、順序を選び、服をしまってくれる気持ち、それを選択気と呼ぶのかもしれないが、そのような気持ちは全自動洗濯機にはまるで存在しない。同じようにスマホ以外でも、人が介在しない全自動アップデートは未だない。より良い(あるいは、より悪質な)アップデートの選択気は、あくまでも人が操作している。
 一方、人のアップデートは、創造になるのであろうか。そこで、ここでは、人アップデートにおける全自動化を進めるための一助として創造を想像したい。それは、選択気の創造でもあり、選択気の想像であろう。そして、それを進めるには、創造的な熟達に長けている人、例えば、芸術家の創造の過程を想像するのが一番の近道かもしれない。なぜなら、芸術家とは知識や技術に習熟することが最終ゴールではなく、社会的に認められるには完成度の高い独自の作品を作り続けること1)、それによって、その人のアップデートに伴う創造としての能力が常に要求されるからである。
 文献1)によれば、芸術家にとって大事なのは、中核的な創造の枠組みを形成すること、それに沿って必然性のあるアイデアが探索可能となることが指摘されている。そして、そのような中核的な創作意図を、「創作ビジョン」と呼び、その特徴を4つあげている。①創作活動の根底にある抽象化された概念、②比較的長期に渡って一貫性のある創作活動を可能にするフレームワークとしての機能、③熟達過程の中での明確化、④明確化後も創作活動を続けて変化する、である。さらに、創作的熟達の過程には3つの段階があり、それが、①外的基準への囚われの時期、②内的基準の形成の時期、③調和のとれた創造活動の時期、となる。この段階を実際の芸術家からのインタービューでもって検討すると、①自身の作品が他者の物まねになっているように気づき、②知識や技能を十分に獲得した後も自分なりの表現を模索し、③自身の追求だけでなく、それが他者にどのように受け入れられているかを考慮しながら工夫する、という過程が示唆されている。結局は、自作品のメタ分析や制作活動のメタ認知的言語化を通して、経験や活動レベルによって変化する「創造ビジョン」におけるアイデアの展開やコンセプトを深化させる、こととしてその創造が文献1)でまとめられている。この解釈に基づき、人アップデートにおける創造の全自動化は、想像することができない、自身の選択気は、全自動洗濯機と同じことに気づいた。いつも同じ個所でぐるぐると回っている。ただし、近年、洗剤は、固形から、スーパーNANOXに変えた。これでもって、良い具合に汚れが落ちるようになり、洗濯はアップデートでけた。

1) 横地早和子, 岡田猛: 現代芸術家の創造的熟達の過程. Cognitive Studies 14: 437-454, 2007.



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